2022年7月21日 更新

アジャイル・マーケティングリサーチ

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アジャイルリサーチの背景

マーケティングリサーチ業界では、「アジャイル」という言葉がバズワードになってすでに久しい、などと言われています。P&Gが「アジャイルな手法」を取り入れているというニュースがあったのはすでに5年以上前になりますが、日本のマーケティングリサーチ業界内で、「アジャイル化」といえるような変化がもたらされたのか、私の周辺ではあまり実感がありません。

「アジャイル」はもともとソフトウェア開発から出てきた用語で、Wikipediaによれば「アジャイルソフトウェア開発は、ソフトウェア工学において迅速かつ適応的にソフトウェア開発を行う軽量な開発手法群の総称である。」と説明されています。

筆者が、もう10数年前にリサーチ用システム開発に携わっていた頃は、「アジャイル」な開発ということをかなり意識していました。というのは、スタッフ、予算、時間が潤沢にとれないといったリソース的な問題と、「どのようなシステムにすべきか」という明確な方針を細部にわたって事前に決めておけるような知識や経験が欠けていたから、というその時の環境があり、またアジャイルに開発を進める方が自分たちには良さを出せると考えていたからです。

マーケティングリサーチの方法論について「アジャイル」という言葉が使われるようになったのも、同じように「リソースが潤沢に用意できない」「何をリサーチすべきか事前に明確に決められない」といったような一面があると思われます。大規模なリサーチ・プロジェクトとそれに基づく膨大なレポートというようなやり方では、アウトプットが出来上がった頃には結果にさほど興味がなくなってしまっている、というような問題意識が背景にありそうです。

また、回答ツールがスマートフォンに移行したという環境変化から、長いアンケートがやりづらくなってきた、ということも、リサーチのアジャイル化(ボリュームの小さいプロジェクトへの細分化)という考え方を一面で後押ししているように思えます。

上記のような観点から1つのリサーチ・プロジェクトを分割して実施する、というようなことも若干は行われていると思います(筆者も提案・実施経験がある)。しかし、長いアンケートができないという後ろ向きな理由のみで、リサーチをただ分けて実施したというだけでは、あまりアジャイル特有の良さというものがないように感じます。アジャイルのもつ本来の長所である「柔軟性」「即応性」という面で、以前とやっていることに変化がありません。

まあ、大規模なパネル調査や定点調査の担当者ではなく、特定の課題に対するアドホックな調査の設計・分析を手掛けているリサーチャーであれば、そもそも昔から既に「アジャイル」なやり方をしていた、ということもいえるかもしれません。定性中心のリサーチャーの方であれば、なおさらそうでしょう。

逆に言えば、アジャイル化というのは、「統計データというのは継続性が重要」というエクスキューズ(それは確かにそうですが)に乗っかって、十年一日の調査内容を提案してくる怠惰なリサーチャーに対するクライアント側の批判、という面もあるかもしれません。

アジャイルなリサーチが成立する条件

アジャイル・マーケティングリサーチを、具体的な手法として考えると、それはオンライン・コミュニティとDIYリサーチということになると思います。短い期間で細かいリサーチと検証を多数繰り返す、状況に即応して機敏に調査内容を変えていく、そうしたリサーチを可能にする基盤としてオンライン定性調査、DIYリサーチツール、ダッシュボードツールなどのシステムサプライヤー(例えば、surveymonkeyやQualtricsなど)が「アジャイル」をバズワードとして情報発信してきたのは理解できます。

DIYリサーチとオンラインコミュニティの利用がどの程度伸びているか、はっきりした資料はないのですが、DIYリサーチには単に予算がないからという理由の「廉価版」的ツール、というイメージがありますし、JMRAの資料(経営業務実態調査)ではアドホック調査に占めるオンライン定性調査のシェアはごく小さい(1%に満たない)です。しかし、コロナの影響によって、今後はこれらの状況に変化があるかもしれません。

さて、単に早く安くするだけでなく、「柔軟性」「即応性」というような真に「アジャイル」なリサーチの方法論というようなものを考えて、それを実行できる条件はどんなものか空想してみると、以下のようなことがイメージできます。

まず、(1) リサーチャーは、解決すべき課題・問題意識とそれに対するアウトプットを出す責任だけを負い、その過程としての調査手法の選択、予算の使い方にある程度フリーハンドを持っている。

(2) 調査に利用できるオンライン・コミュニティあるいは専用のパネル・顧客リストをある程度自由に使うことができる。

(3) リサーチツールや集計・レポーティング・ダッシュボードツールなどを自分で自在に使うことができる。

このような環境で、リサーチャーが学習・試行錯誤、検証のためのリサーチを臨機応変に、そして自由に繰り返し(事前に調査仕様は大体しか決まっておらず、手法、内容、対象やサンプルサイズなどは全て変更が前提にある)、クライアントと議論しながらアウトプットを出す、というようなプロジェクトの受注の仕方ができれば、真にアジャイルな手法ができそうに思います。

こうした手法が良い結果をもたらすかはわかりませんが、「形骸化した十年一日の調査」にはならないだろうとはいえそうです。また、クライアントから仕事を受注するスタイルや、クライアントとの関係を変えないと、このようにはならない、ということも確かなようです。

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